|
2005 09,04 23:12 |
|
|
2005 09,04 22:26 |
|
|
2005 09,04 21:29 |
|
|
2005 09,04 20:33 |
|
|
2005 09,04 19:36 |
|
|
二尊院と言えば、階段です。山門を抜けて、そこから続く本道への階段が、なんとも贅沢な空間で、また古代へタイムスリップしたような不思議な風情を味わうことができます。秋の紅葉の時には、人で埋まるこの境内も、今は、一人でゆっくりとこの階段を登ることができます。 登りきったところから山門の方が見下ろしてみました。この風情、たまりません。 本堂です。中には、寺の名前の通り、小さいですが、二体のご本尊が安置されています。 本堂後ろから続く階段です。二尊院は、やはり階段が素晴らしいです。 応仁の乱で全焼した寺ですが、その後、後奈良天皇、後柏原天皇により復興されました。境内には、天皇の御陵もいくつかありました。 |
|
|
2005 09,04 18:43 |
|
|
『平家物語』に名高い白拍子・祇王ゆかりのお寺です。平清盛の寵愛を受けていた祇王は、仏御前の出現によって捨てられ、祇王は母と妹とともに嵯峨野に庵を結び、尼となります。平清盛に仏御前をひき合わせたのは、祇王本人、人生とは、不思議なものですね。立ち去った祇王が詠んで長年住み慣れた平清盛の家の柱に貼った歌「萌え出づるも枯るるも同じ野辺の草 いづれか秋に逢はで果つべき」は、有名ですね。これ、「芽生えたばかりの草も枯れようとする草も、野辺の草は結局みな同じように、秋になると枯れ果ててしまうのです。人もまた、誰しもいつかは恋人に飽きられてしまうのでしょう」という意味です。ああ、なんとも人間の(男の?)心のうらはらを詠んだ名歌ですね。後に仏御前も祇王を追い、祇王の母と妹とともに4人の女性は念仏三昧の余生を過ごしたのが、このお寺ですね。小さいながらも見事な苔、秋の紅葉の美しさは、筆舌に尽くせません。 小さな庵内には、大日如来を中心に祇王・白拍子仏御前・祇王の母と妹の4人の女性と平清盛の木像が祀られており、いずれも鎌倉時代の作です。平清盛の木像が、柱の影に置いてあって見え難くなっているのが、なんとも趣深いです。 庵から見渡せる小さいながらも見事な苔の庭園。溜息がでます。 苔が本当に見事です。もう、たまりません。 11月には、これが全て赤く燃えます。 |
|
|
2005 09,04 17:52 |
|
|
2005 09,04 16:03 |
|
|
2005 09,04 15:10 |
|
|
嵯峨野の外れにひっそりと佇む愛宕念仏寺は、訪れる人もそう多くは、ありません。嵐山から歩くとかなり離れていますし、バスも1時間に1本くらいなので、穴場なのかもしれません。 「愛宕」と書いて「おたぎ」と読みます。 開山は、764年まで遡れる由緒正しきお寺でもあります。 圧巻は、狭い境内にひしめく愛らしい羅漢様です。石像千二百羅漢と呼ばれています。一つ一つがとてもユーモラスです。自分の顔と似ている羅漢さんを探すのが、楽しいですね。 一つ一つポーズが違います。 境内の山の背に羅漢様がびっしりです。 見て周るのが楽しいです。 あなたが来るのを何百年も待ってましたよ。 最も多いのは、お寺だけに手を合わせてお祈りしているポーズですね。 上の方は、近くまで寄れません・・・。 考え中? 猿? 猫でーす。 まあ、一杯どうぞ。 もう、一生離れないから・・・。 そんな、近くで言わなくても聞こえますよー。 もう、仕事なんて忘れちゃえ! お安くしとくわよーん。 前衛的な顔でしょう? どうしようかなあ。 僕は、どこに隠れているでしょう? |
|
|
2005 09,03 22:21 |
|


