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2005 09,23 17:00 |
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高松は、四国の経済の発展を松山とはっている感じがしました。人口は、松山の方が多いですが、街の規模は、高松の方が大きい印象でした。 地方都市の特色であるアーケード街がたくさんありました。 天満屋の高松店。もともとは、コトデンそごうでしたが、そごうが破綻して、岡山の天満屋になりました。もとそごうだけあって、売り場面積は、とても大きいですが、お客さんは少ないですねえ。寂しい印象です。 ここは、琴電瓦町駅と一体となったターミナル・ステーション・ビルですが、琴電って2両編成で、本数もそれほどなく、賑やかな感じではなかってです。寂しいなあ。伊予鉄松山駅の方が遥かに賑やかだった。 やっぱり、ここも郊外のショッピング・センターにやられているのかなあ。郊外には、大きなサティとユメタウンというこれまた大きなショッピング・センターがありました。 瓦町駅から続くアーケード街。シャッターが閉まっている店が多いです。 駅前のショッピング・ビルOPAは、今年の6月で閉鎖していました。隣のSEGAの巨大なゲームセンターも閉店していました。やはり、中心街は、寂れている印象です。 最近、アーケドになった田町商店街。アーケードがとても綺麗でした。 |
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2005 09,23 16:07 |
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高松も長崎と同じヨーロッパ風の引き込み型の駅。他には、函館もそうですね。 駅は、最近建て直したのか、とても綺麗でした。JR四国の本社は、高松にあるんですね。 高松シンボル・タワー、駅前再開発の文字通りシンボルです。29階建てで、最上階は、無料の展望スペースとここにもかのクィーン・アリスがありました。一つ下の階には、中村孝明のレストランが・・・。私は、どちらも結構です、いりません。 9階から27階は、オフィス・フロアで、下層階には、香川県や四国のインフォメーション・センターがありました。隣には、ホールやショッピング・センターがありました。 今回の宿泊先は、全日空ホテルクレメント高松。全日空ホテルとJRホテルの共同運営です。向こう側は、港と海です。港からは、小豆島や直島行きのフェリーが出ます。 |
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2005 09,22 20:14 |
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2005 09,22 19:20 |
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2005 09,22 17:38 |
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国指定の重要文化財で、現存する最古の芝居小屋です。天保6年(1835年)に建てられたそうです。もともとあった場所からは、移築されていますが・・・。 館内は、江戸時代の雰囲気がそのままです。今でも、年に1度、4月ここで歌舞伎が上演されます。素人歌舞伎でなく、松竹の歌舞伎です。今年は、中村吉右衛門、中村芝雀、中村信二郎、市川染五郎らの出演でした。 この建物の特徴は、花道は、左右に一つづつあること。天上が竹格子のままで、紙吹雪が客席にも降るります。江戸時代は、そういう効果だったそうです。近代、音響効果を考えて天上は、格子でなくなりました。 ま た、この劇場では、天上の提灯と舞台前の蝋燭、3階席窓からの自然光だけで演じられます。まさに江戸時代と同じ空間での歌舞伎体験になります。もともと提 灯と蝋燭、自然光だけだったので、客席より舞台が暗く、その為役者は、自分を目立たせるよう白塗りに隈取の化粧をするようになったそうです。 この芝居小屋の名前が書いてある看板が掛かっている下が当時の気品席です。皇太子と雅子様が来場された時は、そちらに座られたそうです。ただ、今ここは、B席だそうです。役者は、花道からこの看板に向かって見えをきるのが伝統だそうです。 升席。まさに読んで字のごとしですね。 僕がここを訪ねた時、お客さんが僕一人だったので、このおじさんがマン・ツー・マンでいろいろと説明してくれました。上に詳細に書けたのも、この人のおかげです。写真を撮っていいですかとお願いするとポーズをとってくれました。おちゃめ。 他に楽屋や奈落と呼ばれる地下も見学できます。写真は、廻り舞台を回す仕掛けです。 ここは、本当に面白かったです。 |
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2005 09,22 16:43 |
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2005 09,22 14:47 |
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2005 09,22 13:51 |
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皆さん、こんにちは。今、香川県におります。いつものようにANAで羽田を発ちまして、高松空港に着いたのですが、高松へは行かず、琴平へ行きました。こんぴらさんへ詣でます。 参道は、昔の建物がよく残っています。写真は、旅館のようですが、やっている雰囲気はありませんでした。こういう建物は、壊さずに大切にしていきたいものです。 さあ、これから約1300段の石段を登っていきます。参道の両脇は、昭和の風情、なんとも懐かしいお土産屋さんに嬉しくなります。 登 り切ったと思ったら、ここが最初の門でした。ここまで、篭で運んでくれるサービスもあります。登りは、5000円、下りは、3000円くらいでした。ま あ、ここまで来たところで、これからさらに登っていかねばならないのですから、あんまり意味がないように思えますが、ここらが一番急らしいので、利用して いる人もいました。 それが、これです。この仕事、つらいなあ。僕には、できません。 あちこち「金」の印です。金太郎の金でも金時の金でもありません。金刀比羅さんの金です。鳴門金時のお菓子もたくさん売っていたので、最初金時の金かとも思いましたが・・・。 金の提灯が両脇に。 書院の前にも金の提灯。 商店街の垂れ幕にも・・・・。 杖をつきながら登っている人も多かったですね。階段が延々続きます。まあ、よくぞこんなに作ったものと感心してしまいます。 ずうっと階段ではなくて、こんな平地や休憩所や宝物館など、たくさんの見所が途中途中にあります。 途中こんな可愛い犬の銅像が微笑ましく励ましてくれます。 金刀比羅宮は、象頭山の中腹にあります。それでかな? これは、船のスクリューでしょうね。金刀比羅宮は、航海の安全を祈念するところだそうなので。 書院 書院です。中が撮影禁止のため、外観の写真しかありませんが、部屋の襖絵が円山応挙の筆によるものです。特に虎の絵には、あまりの素晴らしさに凍りつきました。こんなところにこんなに素晴らしいものがあったなんて、本当に来て良かったです。 新しい襖絵「椿」の制作過程を公開していました。クレパスで描いているような感じでした。 いやあ、ここは、本当に素晴らしいです。入館料500円を惜しんでは、絶対にいけません。心も落ち着くなあ。 旭社 金刀比羅宮で一番巨大な建物です。国の重要文化財に指定されており、権現時代の金堂にあたる建物だそうです。 旭社の横を通り抜け、本殿への最後の石段を登るのであります。 |
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2005 09,18 21:48 |
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16年前もここグラバー園に来たが、その時は、印象が薄かった。そのちょっと前に神戸の異人館を見ており、そちらの方が調度品が素晴らしかったせいかもしれない。しかし、これらの洋館、奇跡的にも原爆の被害を免れたのだ。 貿易商であり、グラバー商会を設立したトーマス・ブレーク・グラバーが住んでいた日本最古の木造洋風建築。重要文化財。 こ のグラバー商会は、のちに倒産してしまうが三菱グループの傘下になる。キリン・ビールの前身が、この会社だったなんて、ちょっと驚いた。確かに、岩崎弥太 郎と一緒に写っている写真もあり、三菱グループの相談役にもなっていたらしい。奥さんは、日本人のツルさん。息子さんは、倉場富三郎という。グラバーが倉 場となったのね。 150年前の料理が蝋細工で再現されていた。映画の世界みたい。こんなの毎日食べてたのかなあ。 オルト商会を設立し、製茶業を営んでいたウィリアム・オルトの旧邸。重要文化財。裏手には厨房や貯蔵庫、使用人の住まいなどがある。 日本茶を西洋に輸出していたらしい。知らなかった。 裏手にある厨房。煉瓦が素敵。さらにこの裏手に、岩盤をくり貫いた洞窟があり、そこを自然の冷蔵庫として使っていた。中は、ひんやりしていて涼しい。 グラバー商会に勤め、ホーム・リンガー商会を設立したフレデリック・リンガーの旧邸。リンガーと聞くと、リンガー・ハットが思い浮かび、てっきりちゃんぽんと関係ある人かと思っていたよ。 館内では、蝶々夫人(マダム・バタフライ)で名を馳せた幻のオペラ歌手『喜波貞子』の展示がされていた。teikoと象られた簪が素敵だった。日本では、あまり知られていないがヨーロッパでは、大スターだった日本生まれ日本育ちのオペラ歌手。 リンガー邸の前庭。朝起きて、窓を開けたらこんな風景。お庭のテーブルでお紅茶でも飲みますか。 ウォーカー商会を設立したロバート・ネール・ウォーカーJrの旧邸。オレンジの花が綺麗やね。青空と白い雲もいいねえ。 旧三菱第2ドックハウスからの眺め。この建物は、グラバー園の中で一番高い所にある。三菱重工長崎造船所第2ドックのわきの、休憩宿泊施設として建てられた建物で、内部には、長崎造船所で造られた船の模型や写真の展示などがある。今もグラバー園内の休憩所になっている。 海と山を臨む眺めは、なんとも贅沢。 グラバー邸の下の展望台からの眺め。こんな景色を見渡せる場所に住んでいたなんて、なんとも羨ましい。 |
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2005 09,17 21:02 |
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