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2005 09,13 21:48 |
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鳥取市は、合併を重ねつつ今は、人口20万ほど。鳥取を代表するもう一つの都市米子も合併を重ねつつ15万人だが、どちらの街も規模は、同じ感じ。中心街が駅から離れている米子に比べ、鳥取は、駅前が開けているので、こちらの方が賑やかに感じる。 写真は、駅前の商店街。サンモールという短いアーケード街があった。でも、県庁所在地としては、やっぱり寂しい。 百貨店は、駅前に大丸がひとつ。大型店は、ジャスコが2店、地元スーパーのトスクなどがあった。 若桜街道商店街。江戸時代から城下町鳥取の中心だった商店街。古くらかの店が多い。日曜は、閑散としていたが、米子の商店街よりは、シャッターが開いていた。それでも、やっぱりかなり寂しい。この先に鳥取県庁がある。 駅前の因幡の白兎の像。 現代の廃墟。ダイエー跡。今は、鳥取市役所の分庁舎。 夕暮れの鳥取駅前。手前は、鳥取大丸。 |
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2005 09,12 20:09 |
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2005 09,12 19:11 |
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2005 09,12 18:16 |
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鳥取から山陰本線に乗って岩美へ。岩美は、一人駅員が居たが、鳥取と岩美の間は、全て無人駅だった。
岩美駅も、懐かしい雰囲気で旅情を誘うな。赤い瓦が素敵だ。 駅のホームは、こんな感じ。列車は、一両かニ両編成で一時間に1本ほど。みんな車で移動しているんだろうな。列車を使うのは、老人か学生だけなのかな。 岩美から田後へ。「田後」と書いて「たじり」と読む。本当は、途中の浦富海岸で降りたかったのだが、向かうバスの車中なんのアナウンスも無かったので、気がついたら終点に来ていた。 バス停から海側の丘を眺めると空に映える鳥居が見えた。そこまで登ると海が見えた。この辺は、リアス式海岸で水も透明、晴れていれば、本当に美しい景色だそうな。 |
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2005 09,12 17:19 |
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2005 09,04 22:26 |
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2005 09,04 21:29 |
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2005 09,04 20:33 |
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2005 09,04 19:36 |
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二尊院と言えば、階段です。山門を抜けて、そこから続く本道への階段が、なんとも贅沢な空間で、また古代へタイムスリップしたような不思議な風情を味わうことができます。秋の紅葉の時には、人で埋まるこの境内も、今は、一人でゆっくりとこの階段を登ることができます。 登りきったところから山門の方が見下ろしてみました。この風情、たまりません。 本堂です。中には、寺の名前の通り、小さいですが、二体のご本尊が安置されています。 本堂後ろから続く階段です。二尊院は、やはり階段が素晴らしいです。 応仁の乱で全焼した寺ですが、その後、後奈良天皇、後柏原天皇により復興されました。境内には、天皇の御陵もいくつかありました。 |
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2005 09,04 18:43 |
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『平家物語』に名高い白拍子・祇王ゆかりのお寺です。平清盛の寵愛を受けていた祇王は、仏御前の出現によって捨てられ、祇王は母と妹とともに嵯峨野に庵を結び、尼となります。平清盛に仏御前をひき合わせたのは、祇王本人、人生とは、不思議なものですね。立ち去った祇王が詠んで長年住み慣れた平清盛の家の柱に貼った歌「萌え出づるも枯るるも同じ野辺の草 いづれか秋に逢はで果つべき」は、有名ですね。これ、「芽生えたばかりの草も枯れようとする草も、野辺の草は結局みな同じように、秋になると枯れ果ててしまうのです。人もまた、誰しもいつかは恋人に飽きられてしまうのでしょう」という意味です。ああ、なんとも人間の(男の?)心のうらはらを詠んだ名歌ですね。後に仏御前も祇王を追い、祇王の母と妹とともに4人の女性は念仏三昧の余生を過ごしたのが、このお寺ですね。小さいながらも見事な苔、秋の紅葉の美しさは、筆舌に尽くせません。 小さな庵内には、大日如来を中心に祇王・白拍子仏御前・祇王の母と妹の4人の女性と平清盛の木像が祀られており、いずれも鎌倉時代の作です。平清盛の木像が、柱の影に置いてあって見え難くなっているのが、なんとも趣深いです。 庵から見渡せる小さいながらも見事な苔の庭園。溜息がでます。 苔が本当に見事です。もう、たまりません。 11月には、これが全て赤く燃えます。 |
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