2008 07,14 22:09 |
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マイミクで会社の同僚のChebさんが先日、「怪談噺というのを聴いてみたいわ」って言っていたので、そう言えば今度金時師匠の会は、牡丹灯籠だということで、お誘いして行ってきた。
金時師匠に予約していたのに、予約が通ってなく・・・。もう確認のメールももらっていたのにぃ。でも受付に師匠の奥様がいらしたので前売り料金になったよ。良かった。 正太郎 「桃太郎」 今日の前座さん。初めて拝見した。あら、すごくお上手。子供が憎たらしいのに可愛い。 金翔 「ちりとてちん」 これは、2年前のネタ卸の時に聴いた。ある意味、季節感のある噺だねえ。(笑)今の時期にぴったり。嫌味な男が良かったねえ。吐きそうなところは、こちらも思わず、顔がこわばる。 時松 「五目講釈」 ぼそぼそ講釈するところ笑った。そこはかとない可笑しさあり。 ぺぺ桜井 ギター漫談 もう何十回と同じネタを聴いているのに、やっぱり笑ってしまう。 不思議な魅力。 金時 「愛宕山」 明るく楽しい高座。崖の上へ戻るために竹を曲げるところ、本当に竹が見えるようだった。パントマイムみたい。 金時 「牡丹灯籠-お露新三郎~お札はがし」 今日は、このために最前列にかぶりつき。やっぱり表情も楽しみたいからね。 それほど陰気にならず、ちょっとユーモア交じりに演じていた。それでも、お米が豹変するところは怖いねえ。 この噺の幽霊は、恨めしいでなく、愛しくて出てくる。また幽霊なのに、カランコロンと下駄の音、当時は斬新だったんだろうなあ。 この前段の「刀屋」は、たまに聴くことがあるけど、「お札はがし」の後の噺は、なかなか聴く機会がないんだよねえ。金時師匠、せっかくだから、今度通しでやってみてね。 |
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2008 07,13 22:21 |
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展示替えもあるで、あと1回は行かないとダメかなあ?「風塵雷神」は、8月11日からの展示だった。 有名どころが一堂に会すまたとない機会ではあるが、意外と個人的には、前にも見たことある作品がチラホラ。でもそういう再会も嬉しいもの・・・。 円空と木喰の展示スペースは、独特なプリミティブな雰囲気があって良かった。 それから、やっぱり若冲は良かったなあ。鶏は言わずもがななのだけど、「石灯籠図屏風」は近くで見ると点の集まり、でも遠くから見るとまるで本物の風景のようだった。構図はどれもハッとするほど素晴らしい。 一方の蕭白は余白が少なく、描き込み過ぎで五月蝿い感じがした。僕は苦手だなあ。 仁清、乾山の器は、どちらも色彩鮮やかで見とれてしまった。 鉄斎の「妙義山・瀞八丁図屏風」は、日本なのに大陸的な情景が広がり、大観の「雲中富士図屏風」には、やはり圧倒された。 とても全部触れられないけど、展示作品が全部すごいという展覧会は、そうないのでは・・・。 もう1回は、必ず行くとして、暇があればあと数回通いたいほどの展覧会だ。 |
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2008 07,13 22:20 |
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死にゆく運命の死刑囚を日々監視する刑務官。いつかは自分たちの手で刑を執行しなければならない囚人と、刑務官はなるべく人間的つながり持たないようにする。されど死刑囚は、この世で最後の人間的なつながりを刑務官にすがろうとする。 新人刑務官は、明るく仕事に前向きだが、ベテラン刑務官になるほど口数が少なく、無感情だ。死刑囚と刑務官との日常がまず興味深い。 小林薫の起用は、他に考えられないほど素晴らしい。小林は、感情はおろか人間性さえも殺してしまった刑務官を最高の演技で見せる。 この映画では、小林演じる主人公が三度人を抱きしめるシーンがある。一つは、まさに死にゆく死刑囚、それから再婚相手の女、そして再婚相手の連れ子。小林薫のこの三様の抱きしめ方が感動的だ。 新聞の評論に、「死刑制度への立場を明確にしていない」とあったが、そんなのこの映画の真髄ではない。人間が死ぬ一方で、とある家族が再生していく、なんとも悲しく拮抗する相容れない主人公の感情に目頭が熱くなる。 ラストシーン、人間性を取り戻す小林薫の笑顔が忘れられない。 栗4つ。 有楽町スバル座にて。 |
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2008 07,12 22:22 |
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夜は、「家政婦は見たファイナル」をあきらめて、千葉県出身の噺家を集めた会へ。千の葉ってことね。マイミクのTammyさんをお誘いして出かけた。
市朗 「芋俵」
会場には、のらねこ兵☆さん、Mikiko_Kさん、こぶさん、チナマルさん、ぷーぞ..ozQさんのお姿も・・・。皆さん、本当に精力的に落語会に通われているなあ。明るく楽しい前座。 鏡太 「代書屋」 クラスに一人はいる変わった面白い子という印象。休み時間に教壇の上で学芸会のネタを披露したよって感じ。プロフェッショナルな芸とは思えない。クールな代書屋は、狙いは良いが、テレビのお笑い芸人の域で、高座をいかしきれていない。 それでも今日は、落語を初めて聴く客が多いのか、周りでは、「鏡太さん、面白い」の声が・・・。 千豊 日本舞踊 3人でてきたが、最初に挨拶と三番目に踊った方は、師匠の千豊さんなのかな。多分、今日落語が初めてなのは、こちら目当てのお客さんだろう。 最後、三人で踊ったが、なるほど同時に見ると師匠の体の動きは明らかにしなやかだ。舞踊も奥が深い。 一之輔 「七段目」 まくらから会場が爆笑の渦。もはや敵なしのパワーだ。 歌舞伎の芝居の描写も上手。常に上へ上へと芸を磨くその心意気と実践には敬服する。 最初鏡太を面白いと言っていた客が、「一之輔の方が格段に面白い。さっきの鏡太と全然違ってすごい。」と言っていた。当たり前の感想だ。 吉幸 「火焔太鼓」 実力では立川流内はおろか、他の協会の二つ目と比べても群を抜く。自分のスタイルを持っていて面白い。最近、言い回しが随分談幸師匠に似てきたなあ。 今日は、テンポが速すぎる印象があった。早口で聞き取りにくいところも。 お金を渡すシーンは、もうちょっと丁寧な方がいい。 馬治 「権助魚」 初めて聴いた。一之輔、三之助に比べるとかなり見劣りする技能。特に観るべきものもなく、極めて普通。個性もないし、つまらなかった。 仙志郎 大神楽曲芸 神楽界のサラブレッド、曲芸のプリンス。洗練されたスマートさ、見るからに礼儀正しく品行方正で好感が持てる。 今日は、一人で、道具を手渡ししてくれる人がいなかったので、ちょっとやりにくそうだった。 難しいことをさりげなく、そして鮮やかな手さばきに恍惚。 三之助 「青菜」 前半は、この間の三之助をみたかい?より良かった。ゆったりと丁寧な描写は、静かさに染み入る音を演出し、屋敷を通る爽やかな風すら感じた。抑えた表現の中にそこはかとない可笑しさもあった。 時間の関係か、後半はかなりはしょっていたのが残念。それでもやはり、そこにいるのは三之助なのに、見えてくるのは個々の登場人物だ。三之助の植木屋、三之助の植木屋の女房に、また会いたくなる。 |
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2008 07,12 16:25 |
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2008 07,12 15:29 |
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昼は、学士会館へ。ここの寄席は、結構混むので事前に電話予約した。学士会の電話対応の方、とても丁寧で親切。丁寧な電話の応対は、気持ちがいい。落語協会の電話番とは大違いだ。落語協会の電話番は、最低。二度と電話したくなくなる。
藤兵衛 「饅頭怖い」 「まずは軽めのネタでお客様のご機嫌伺い・・・」ということで「饅頭怖い」に。されど、夢の中で女の自殺に遭遇しその幽霊に付きまとわれるエピソードと狐に化かされ馬のケツの穴を覗くという大きなエピソードが挿入されておりなかなかの大作(?)になっていた。 藤兵衛師匠は、表情豊かで面白い。 小里ん 「試し酒」 太くすごみのある声なのに、なんとも可愛らしい笑顔で観客を魅了。そのギャップが楽しい。完成された芸だなあ。 藤兵衛 「井戸の茶碗」 まくらから噺に入ったとたんに、大きな雷鳴。観客席がどよめく。こういう予期せぬトラブルは、演者も動揺しやすい。 それでも噺が進むにつれ、のめりこむ。屑屋、浪人、侍、キーキャラクターそれぞれが魅力的であった。 |
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2008 07,09 22:31 |
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三之助さんの独演会へ。日暮里に会場が移ってから、初めて遅刻せずに間に合った。「卒業」は、これで卒業だ。
三之助 「金明竹」 まくらで札幌の会に東京から来た人の話をしていた。なんか気恥ずかしい。 三之助さんの「金明竹」は、何度も観ているが、相変わらず松っちゃんが可愛いく、小憎らしい。どの登場人物も生き生きしていて楽しく、惹きこまれる。 三之助 「長短」 この噺は、分かりやすく単純だけど、それだけに難しく深い。年季の入った落ち着いた渋みを出す年配の噺家さんがやるのがまあ可笑しいが、それでも三之助は、果敢に挑戦していた。どちらも愛すべきキャラクターになっていたし、この噺は、これからきっともっと良くなるね。まあ、彼は才能があるので、今後、この噺に会うのが楽しみだ。 三之助 「青菜」 まくらでも落語には、季節感があると言っていたが、それが毎年同じ噺で客を惹きつける一つの魅力だろう。夏になると西瓜が食べたくなるように、「青菜」が聴きたくなるものだ。 今回、でもちょっとテンポが崩れていたなあ。前半の「静」の部分がもう少し爽やかで落ち着いた風情が出てくるとよかったなあ。後半、暑苦しい「動」の部分では、一転パワー全快でおおいに楽しめた。 |
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2008 07,08 22:32 |
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場内が暗くなり、何も映し出されないスクリーンにクラシック音楽。何が始まるか分かっているのに、もうワクワク。MGMのロゴが出ただけで、ゾクゾク。そして「ツァラトゥストゥラはかく語りき」の音楽と共にタイトルロゴと惑星群。もうオープニングから鳥肌もの・・・。 猿が人間へと歩み始める太古の世界から、一気に未来の宇宙へ。フィルムの色が多少褪せてしまっているのと、70mmを35mmにしているのでスクリーン両脇の黒がちょっと気になったが、それでももう夢中だ。 これぞ、映画でしか表現できない映画の中の映画。映画ならではの表現にあふれた素晴らしい作品だ。これほどまでに映像と音楽が完全なるハーモニーをなし、凡人の常識を遥かに超えるイマジネーションの洪水に酔いしれっぱなしだ。 コンピューターが人間に牙をむくシーンは、今も体に戦慄が走る。 モノリスとは神の概念なのか・・・。この映画は、観客それぞれの想像力を掻き立てる。 完全なる映画、完全なる映像表現、完全なる選曲、投げかける解けぬ問。だからこそ、いつまでもこの作品は魅力的で、僕にとりついている。 極力説明を排したこの映画は、いろんな意見や感想があると思う。謎めいているからこそ、いつまでも人を惹きつけている。はて難解かというと決してそうではない。映画として、観ていて面白いのだ。 栗5つ。映画の可能性と一つの到達点。キューブリックに感謝! 東劇にて。
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2008 07,07 22:36 |
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2008 07,06 22:38 |
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現代美術は、ちょっと距離を置いて見ているのだけど、テート・ブリテンの活動だけは、一目おいている。特にこのターナー賞は、毎度さまざまな物議を醸しているが、それも納得だ。
今回は、ターナー賞の歴代受賞者の作品が一同に展示されるという史上初の試みらしい。音声ガイドが無料で借りられるので、ぜひ。その作品の背景を知ると、より楽しめる。 初 の黒人受賞者となったクリス・オフィリの作品は、絵画が二つ展示されているが、その絵は、両方とも象の糞の上に乗っている。殺された黒人少年を思って泣く 女性を描いた「ノー・ウーマン、ノー・クライ」は、よく見るとその女性の目から落ちる涙の雫の中に殺された少年の写真が埋め込まれている。もう一つの作品 も黒人差別の問題を強烈に表したインパクトある作品だった。 本物の牛の親子を真っ二つに切断し、ホルマリン漬けして展示したデミアン・ハーストの「母と子、分断されて」は、残酷だと非難もされたが、今や現代イギリス美術の第一人者でもある。彼の色の斑点を規則的に配する"スポット・ペインティング"も1点、展示されていた。 グレイソン・ペリーの作品も強烈だった。一見すると普通の壺。でもよく見るとそこに描かれているのは、社会の影と闇。児童虐待で死んだ子供を埋めに行く親や青少年犯罪の姿が、煌びやかな金を使って描かれている。 レ イチェル・ホワイトリードの野外作品(現存しないので、写真だけ)は、今や見る影もないのに人々の記憶に残っているという不思議なもの。古き良き時代の建 築の家屋を内側からコンクリートを吹きつけ、外側を壊して、コンクリートの家が剥きだしになったというもの。コンクリートに写し取られた壁や床、天井の傷 など、それこそがそこに住んだ家族の記憶。しかし、一般の人から見ると無機質で目障りな残骸。落書きの対象となり、近隣住人からは、取り壊しの要求 が・・・。それでもなくなってしまった今、人々の記憶の中に残っている。 単なる芸術の追求でなく、社会に対する強烈なメッセージをこめた作品群には、少なからず圧倒される。 一方で、説明を聞かないと何だか分からない作品も・・・。まあ、だから面白いんだけどね。 |
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