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般若寺へ向かう途中の小道、ふと横を見ると何やら遠くに素敵な煉瓦建築の面影が・・・。も、もしかてこれが奈良ドリームランドかしらなんて思いながら、ルンルン気分で向かってみると、「奈良少年刑務所」だった。 しかし、なんとも煉瓦マニアの心を鷲づかみにする門なのだろう。こんな刑務所なら何とかして入所したいもの、なんて不謹慎な考えが一瞬よぎるが、そうだ僕は、もう少年ではなかった・・・。 |
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東大寺南大門。日本で一番大きな三門は、京都の知恩院だが、こっちの方が大きく感じるんだよなあ。やっぱり、運慶作の仁王像の圧倒的迫力によるところが大きいのだろうか。この風格には、本当に言葉も無い。 正倉院展と紅葉が重なるこの時期は、人でいっぱい。ゆっくり見られないけど、やっぱりここは多くの人に来てほしい。京都や奈良って、期待は裏切らないし、季節季節に違った表情で迎えてくれる。いつ訪れても何度訪れても飽きないなあ。 関西って、京都や奈良のように世界中のどんなテーマパークより素晴らしいものがあるのに、何でユニバーサル・スタジオみたいなものを輸入したんだろう。 東大寺大仏殿。世界最大の木造建築。だけど、創建当時の三分の一の大きさだというから驚かされる。 三月堂(法華堂)。東大寺に来て、大仏殿に入らないことはあっても、この三月堂に入らないことはない。ここは、僕にとっては1000年の時を超えることが できるタイムマシンのような場所だ。何度も来ているのに、来る度に発見がある。訪れた日の自分の心境によって、仏像の表情が変わって見える。外の天気、障 子や窓から漏れてくる陽の光の加減でまた違った空間ができあがる。僕の視点を移せば、映画のモンタージュのようにそこにある仏像がクローズアップで迫って くる。いながらにしてどこか違うところへ旅ができるそんな空間が、いつでもここで口を開けている。 外から見るとただの建物なのに、中に入ると別世界。恐ろしく美しい場所だ。 二月堂。今日は、ちょっと天気が悪いけど、奈良の街を見下ろす眺めが素晴らしい。目の前に大仏殿の屋根や興福寺の五重塔が見える。変わらないでいることが難しい日本で、変わらないものがここにある。 |
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2006 11,05 21:49 |
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正倉院展と並んで今回の旅のもう一つのメインイベント「興福寺 国宝特別公開2006」だ。中金堂や北円堂など4年や5年ぶりの内部公開となる。 も ともと興福寺には、東西の金堂の間に中金堂があった。金堂は、まさにお寺の中心。それが江戸時代の享保二年(1717)に焼失、その裏手に建てられた仮金 堂が現在の金堂になっている。この仮金堂は、文政二年(1819)の建造。中金堂より若干小規模で、仮というだけあって内部もそっけない。 本尊は、釈迦如来。江戸時代のもので5代目の本尊となる。 現在、中金堂を再建すべく基礎工事の真っ最中だ。 国宝館は、普段も公開されており、有名な写真の阿修羅像は、いつでも観られる。 今回の目玉は、「板彫十二神将展」の一挙展示。縦約1m、横約40cm、厚さ約3cmの檜板12枚に掘り込まれた平面の像で、小さな枠に魔法で押し込まれたようななんとも不思議な作品群だ。言葉で表現できない浮き出し感(立体感)が躍動的で素晴らしい。 等身大の法相六祖坐像も圧倒的迫力だった。まるでこれから動き出すかのよう・・・。 今回、個人的なクライマックスは、ここ北円堂。弥勒如来坐像は、運慶の作。代表作とも言われる傑作だ。 そ、そ、そして、ここには、やはり 運慶作の無著菩薩像がある。この像は、単体で過去の興福寺展で東京にも展示されたことがあったけど、やはりあるべき場所に立っているのを観られるのは至福 の喜びだ。角度によって様々な表情を見せるこの全てを達観したような眼差し、紛れもなく日本彫刻の傑作中の傑作の一つだ。 ここは、初層を覗き込む形で公開されていた。ここも中を見るのは、初めてだ。美しい三重の塔だが、内部には弁財天が安置されていた。とても可愛い小さな弁天様だった。 内部は、かなりはげていたが、千の如来が小さく描かれていた。天井も美しい模様だが、かなり色褪せていた。明治に復元された部分が緑と赤で美しい彩色だった。 こちらは、お馴染み猿沢の池からの興福寺五重塔。 京都は、だいぶ景観が乱れてきたが、奈良はいつきても1000年前と変わらない。(・・・と思う) いつまでも、この美しい姿で旅人を迎えてほしい。1000年を超えるシルエット、奈良には今でもそれがあるのだ。 |
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