2006 11,19 22:21 |
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2006 11,18 22:24 |
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極力カットの無いシーン、それだけ台詞の応酬の緊迫感がひしひしと伝わってくる。 かつて夫婦だった男女、今も家族である男女。ここには、愛もあれば憎しみもある。 かって夫婦だった男女の愛を超越した繋がり、永遠に親子である父と子の憎悪、永遠に親子である父と娘の愛の表現は、目に、そして顔の皺の一つ一つの動きにまで刻まれているようだった。 まるで本当の親子が会話しているような愛と憎しのぶつかりあいに、ぐいぐいとひきこまれる。 静かで美しい環境の中で、しみじみと綴られる人間の営みに、生きることと死ぬことの意味を考える。 正直、あそこまで娘を溺愛してしまう父親が理解できないのと映像がフィルムでなかった点がちょっと残念だった。 愛と憎悪は、裏腹。生きるとは、それ自体が愛と憎悪の葛藤なんだなあ。 渋谷ユーロスペースにて。 栗4つ。 ユーロスペース、移転してから初めて行った。観やすくなって良かった。 |
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2006 11,18 15:26 |
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2006 11,12 22:59 |
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こ の映画をミュージカルとするかどうかは難しいところだが、オープニングの「オン・ブロードウェイ」にのって始まるオーディション・シーンやフォッシーの愛 弟子かつ愛人だったアン・ラインキングのダンスシーンには、釘付けになる。特に、アン・ラインキングのフォシー・ダンスは、ダンスの神様が降臨しているか のようで、信じられないくらいの美しいステップとフォルム、まるで床から浮いて、上から吊り上げられているかのような華麗で流れるよう。アン・ラインキン グ、ダンサーとしての絶頂期のダンスがこの映画で観られる。 この映画は、単なるミュージカル映画では無い。フォッシーの半自伝であるドラ マと主人公が演出するミュージカル、同じく主人公が演出する映画、現実の世界と死後の世界、4つの世界が交差しながら進む。綱渡りのシーン、コンサートの シーンなど、人生をショービジネスに例え、美しいダンスシーンと共に展開される。 途中、ミュージカル「シカゴ」を思わせるダンスのリハーサルは、フォッシーのダンスの真骨頂、ラストの「バイバイ・ラブ」も圧巻。人生最後のステージには、主人公の人生に関わった人々が観客として登場する。 印象的なちょっと哲学的なシーンと魅惑的なダンス・シーンが交差する。ボブ・フォッシーの映画としての集大成だろう。 ボブを演ずるロイ・シャイダーも素晴らしいが、それまで「キング・コングに出た女優」というレッテルだけが貼られていたジェシカ・ラングがこの映画で一挙にスターダムに登りつめた。 しかし、しかし、何と行っても愛弟子でもあり愛人でもあったアン・ラインキングのダンスが堪能できるのが何とも至福の喜びだ。あの手首の動き、腰の動き、足の動き、体の流れ、これこそがフォッシーのダンス。 人生とは、ショー。死ぬ間際、思い出す映画があるとしたら、この映画かもしれない。 栗5つ。 早稲田松竹にて。
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2006 11,12 22:28 |
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このドキュメンタリーで見えてくるのは、メリーさんに関わった人を通して現れてくる横浜の過去と日本の戦後、そしてそこで人々が生きた証だ。 タイトルは、「ヨコハマメリー」だが、これはシャンソン歌手永登元次郎はじめ横浜の市井の人々の心温まる記憶の記録だ。 切なくて、胸が痛くなるけど、この映画はとことん温かい。 人間とは、いつか死ぬ生き物。そんなあたり前のことをしみじみと感じる。見終わった後、誰かに優しくしたくなる、そんな映画だ。 栗5つ。 飯田橋ギンレイホールにて。 ギンレイホールは、大混雑だった。同時上映は、「嫌われ松子の一生」だったけど、観ないで出てきちゃった。観なくて良かったよねえ?
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2006 11,11 23:02 |
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この映画は、何度か銀座の並木座で観ている。初めて観た時ほどの衝撃はもう無いが、何度観ても酔いしれてしまう。
日 本的な美しさの一つの頂点を見せてくれる傑作であることは間違いない。田中、森、京のキャスティングは最高で、特に京マチ子の存在感は圧倒的。「帰しませ ぬ」の台詞を吐く、あのシーンは何度観ても鳥肌もの。京マチ子の視線は、観客までも惑わし、幽玄と幻想の世界に引き込む。主人公が帰郷してからの夜のシー ンも最高。 タルコフスキーが「サクリフィス」で見せたこの映画へのオマージュでも有名な湖畔のシーン、霧の湖を行く舟のシーンなど美しい映像が満載。 悲しい話ではあるが、救いのあるラストで後味は悪くない。 栗5つ。 国立近代美術館フィルムセンターにて。
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2006 11,11 23:01 |
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造られた当時の東京、名古屋、大阪の写真が展示されていたが、どれも周りに高層建築が無いのでとても象徴的に目立って見える。まさにランドマークだったわけだ。 デザイン的には、通天閣が一番面白いかな。何とも時代を超越した洒落たデザインだ。 展示作品は、写真の他、展望台チケットやお土産、内藤のノートなどなかなか興味深い。狭いけど、ほとんどお客さんいないのでゆっくり観られた。(笑) INAXビルの9階にあり、銀座の中央通りの眺めが素敵。椅子とテーブルがロビーにあり、コーヒー(自動販売機だけど・・・)でも飲みながらちょっと休憩するにいいかもね。 INAX出版の本がたくさん展示されているので、ここで物色して1階の本屋で購入するのがいいかも。 |
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2006 11,11 23:00 |
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日本人なら誰もが知っていた安寿と厨子王の物語。最近の子供たちも知っているのかなあ? 僕の子供の頃は、頻繁にテレビでも放映されていたし、本も学校の課題図書なんかになっていた。
この話は、古くから伝承されてきたものを森鴎外が小説にした「山椒太夫」が有名だ。森鴎外、僕は、夏目漱石より好き。 映画は、「雨月物語」と双璧をなす美しさだ。ススキの原を家族が行くシーンは、溜息。安寿が入水する湖、溝口らしい舟の別れのシーン、母が逃げ、そして眺める佐渡の丘と浜、胸ぐらがえぐられるほど切なく美しい風景は、これぞ日本的美の恍惚だ。 田中絹代のラストの演技は、鳥肌もの。本当にこの人、すごすぎる。 人間の残虐性とそれに抗する正義を描くが、それを勝ち取るために主人公家族が辿る人生は、過酷というか地獄。若い人の目には、どう映るのだろうか。 栗5つ。 国立近代美術館フィルムセンターにて。
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2006 11,10 23:03 |
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会社を午後休んだのは、本当はこのため。18:30開演には、やっぱり会社に行っていたら間に合わない。談幸師匠の独演会は、毎回ゲストも多彩でとっても楽しみだ。
松幸 「子ほめ」
「尻餅」、「しじみ売り」と年の瀬のネタに、ああ今年ももうあとわずかなのね。晴れ晴れとした明るい表情だったなあ。なんかいいことあったのかなあ。 今日は、初めてのお客さんが多かったのかなあ。「子ほめ」でこんなに笑いが起きるとは・・・、あ、いえ、松幸さんが上達したからなのよね。 吉幸 「尻餅」 馬鹿馬鹿しいネタ。単純に可笑しい。どことなくいやらしい想像をしてしまう。 夫婦って馬鹿だねえ、人間って可愛いねえ。 談幸 「包丁」 こちらは人間の身勝手なエゴが剥き出し。それをいやらしく、面白可笑しく・・・。 サゲが今ひとつの噺だなあ、ちょっと尻つぼみなネタだ。 間男に向かっていう女が言う台詞「女をくどく顔か、豚が夕立にあったような顔して・・・」の時の表情、しぐさが最高! 大笑い。 チャーリーカンパニー コント 9月に国立で拝見して以来だ。基本的には、同じパターンだがネタは別のものだった。てんさんはいつものように工務店スタイルだが、のぼるさんは今日は警察官だった。 今日は、国会議員がやり玉にあがっていた。ちょっとネタが古い気もしたが、可笑しかったなあ。 談幸 「しじみ売り」 初めて聴くネタ。もとは講談ものらしい。なるほど落語の泥棒は間抜けで可笑しいが、こちらの泥棒は鼠小僧次郎吉、泥棒だけど美談なのだ。 雪の中、素足に草鞋でしじみを売る少年の不憫な理由を聞けば、良かれと思ってやった親切が仇になって不幸のどん底へ陥れてしまったという噺。少年の回想シーンの中にそれを聞いている鼠小僧次郎吉が登場するというなかなか良くできた脚本(?)だ。 こうした義理・人情の噺は、日本人は好きだからねえ。 談幸師匠の次郎吉親分、格好良かった。この噺、他の部分も落語になっているのかなあ。全部、聞きたくなった。 |
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2006 11,10 20:05 |
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