2007 05,19 14:42 |
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この間、「大鏡」を読み返したばかり。なんとタイムリーな企画展が開催中だった。迷わず入館。 初 めて見るものばかりで素晴らしい展示だった。最大の成果は、「御堂関白日記」の実物が観られたこと。これには、正直、興奮した。平安時代は、日記の時代 で、多くの人が日記を残している。今に伝わるのは、そのほとんどが写本だ。しかし、この、「御堂関白日記」は、藤原道長の直筆のもの。1000年前の出来 事が記されている。男なので漢文で書いているが、返ってくずされてなくしっかりとした漢字で読みやすい。文字には、時空を越えた繋がりを感じる。日記を書 く道長の表情が浮かぶようだ。展示されていたのは、長女彰子の誕生の記述。兄の死、彰子の中宮入り、兄の息子の左遷、兄の孫の皇太子を出家させ、平安時代 最大の道長栄華を迎えていく。 そんな道長も老いには勝てず、死を意識しはじめ行った浄土のための金峯山への参詣。当時の貴族の旅としては とてもすごいこと。そこに埋めた経を納めた経筒も展示されていた。出土されたのは、江戸時代。平安時代のタイムカプセルだ。その参詣の道程の出来事も道長 の日記に記録されている。 他にも「石山寺縁起」の絵巻、圧倒的迫力の不動明王坐像などなど、感動を越える素晴らしい展示だった。 常設展示も観た。ゆっくりみるとこれまた大変なので、かなりターゲットを絞って観た。 今回は、絵巻物に圧倒された。 鶴の恩返しの元ネタの「鶴草紙」、わざわいという名の動物を連れて来いという話が面白い。 白と黒の水墨画で描かれた「平家物語絵巻」もすごかったが、何と言っても圧倒されたのが「日高川草紙 」。 ある日、僧が一夜の契りを交わした女。僧は、修行に専念するため結婚を求める娘の胸を刺す。数年後、偶然であった女の胸に刺した傷。宿命と思える因縁を断 ち切るため逃げる僧と追う女。舟に乗り、女を川で溺死させるが、女は大蛇のような龍なようなもののけとなって執拗に僧を追う。そして、最後は、鐘の下に隠 れた僧を尻尾で巻き取り湖に沈みともに死んでいくという、すごい話。男を追う女の表情がすごいのなんの。ぶったまげた絵巻だった。 ここに来る度、メロメロになってしまう、この煉瓦・・・。 |
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2007 05,19 13:45 |
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2007 05,19 12:17 |
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2007 05,19 11:19 |
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大 山崎山荘美術館で開催されていた企画展。ユーモラスで温かくそして優しい版画の世界、レトロでなんとも言えない色遣いは、この山荘の風情とよくマッチして いた。タイトルの「ゑげれすいろは」は西洋のトランプをデザインしたもの。他に南蛮人に主題したもの、シンデレラやイソップ物語を扱ったものなど多岐に渡 り、見ていて楽しく微笑ましくなる。
この建物にこの展示、まさに絶妙のハーモニー。ここでしか味わえぬ素晴らしい世界。ぜひ多くの人に体験してほしい。観るではなく、まさに体験。 常設展のある新館は、安藤忠雄の建築。山荘のレトロな風情を壊さぬよう地下に建設されている。モネ、ルノワール、モディリアニなどびっくるするほど素晴らしい作品が展示されている。
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2007 05,19 10:21 |
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ここへ来たかったの。アサヒビールの大山崎山荘美術館。関西の実業家加賀正太郎の別荘(大正から昭和初期の建築)として建てられたが最近荒廃が激しかったのを、アサヒビールが修復整備して美術館としてオープンしたもの。 山荘というその名の通り山の中腹にある。よほどの健脚でないとかなりきつい坂道を登る。山崎駅から無料のシャトルバスが出ている。無理せず利用した方が賢明。ただ、高齢の方や障害を持つ方が優先なので、席が空いていれば乗ろう。 企画展開催中は、館内の撮影ができないのだけど、もう本当に溜息が出るほどの美しさ。階段、ステンドグラス、障子に映る朝陽の揺らぎを表現した壁、静まりかえった空間は、この世のものとも思えぬ不思議な感覚を与えてくれる。 中庭。池の向こうの山にまた小さな家が。ここからは見えないが、二階からみるとその丘に羊のオブジェが二つあった。 二階のテラスは、カフェになっている。なんとも優雅な気分を味わえる。 テラスからの眺め。今日は、曇っていたけど、晴れていればかなり遠くまで見渡せそうだ。 この山荘、夏目漱石も来たことがあるそうで、ここで食事もされたそう。 庭園も散策でき、野外展示もいくつかある。 花を愛でるのもよし。 楓の木がとても多かった。紅葉の季節はきっと見事なんだろうなあ。 |
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2007 05,19 09:31 |
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2007 05,13 23:35 |
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ある者は、そうした喪失感を抱くことなく、本能のままに生きている。それはそれで幸せなことかもしれないが、そうした人は自分の行動が知らず知らず誰かを傷つけているなんて気にも留めていない。一方、喪失感をいだく者は、日々悩み苦しみ、そして死を身近に感じたりする。 映画は、たんたんと高校のある一日を追う。時間的に交差しながら進む展開は、ガス・ヴァン・サントの「エレファント」の雰囲気がある。また長回しのショットもなかなか魅せる。 ドキュメンタリーのように挿入されるインタビュー風のモノローグは、心の声のように聞こえる。 この映画のすごいところは、ラストにある。喪失に気づく者、気づかぬ者、どちらも他人の人生に鋭い爪を立てる。しかしながら、最も恐ろしいのは、喪失するまでその存在が認知されないことだ。実体験に基づいた脚本だけあり、強烈に胸をえぐる。 栗4つ。胸が痛い。 渋谷アミューズCQNにて。この映画館、初めて入ったけど、天上が高くスクリーンが上の方にあるのでとても観やすい。 |
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2007 05,13 23:34 |
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「浮世絵展、大人一枚ください」 「はい、100円です」 「いえいえ、常設展じゃなくて、企画展を観たいんです」 「はい、100円で両方ご覧いただけます」 な、なんと、今時100円で・・・。なんかすごく得した気分。 タイトルにあるように浮世絵とあるが版画ではなく肉筆画なのだ。どれも当時の風俗が描かれていて興味深い。たばこと塩の博物館の所蔵だけあって、喫煙している、煙管が描かれている絵が多かった。 浅草寺の仲見世のお店や当時の遊郭での戯れが何とも観ていて面白かった。 さ て、常設展は、たばこと塩。塩は、塩の種類や作成方法など、子供の自由研究に調度いいかも。たばこの展示は、落語でお馴染み煙草盆から戦中戦後の煙草の パッケージ、煙管、煙草入れ、パイプ、世界の煙草などなかなかの展示。煙草盆は、時代によって、また使う人の身分によっていろんな形のものがあった。パッ ケージのデザインも広告の歴史みたいで面白い。戦時中の煙草のパッケージは、コスト節約のため単色で愛国というキャッチコピーまで付いていた。 |
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2007 05,12 23:35 |
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時々、昔の面影に触れたくなり、そんな風情が残る街へ足が向く。ここ本郷は、懐かしい東京の姿の片鱗が今も残っている。残念ながら、懐かしい街並みは無い。あるのは、ほんの断片の点在だ。 立派な佇まい。隣に文京ふるさと歴史館がある。小さな郷土資料館、とても好き。僕を含めてお客さん3人だった。ゆっくり展示を観ることができた。入館料100円。昔は、このあたりに劇場や寄席もあったらしい。寄席の名前が若竹とは、どこかで聞いた名だ。(笑) 樋口一葉が住んでいた辺り。まだ当時の風情が残る一角だ。東京にもこんな奇跡的な場所がまだあるんだねえ。 旧伊勢屋質屋。樋口一葉が菊坂の家に住んでいたときから、生活が苦しくなるたびに通った質屋だ。上の写真の場所から歩いてすぐ。 樋口一葉、好きなんだなあ。あの文語的表現がたまらない。僕は、「たけくらべ」「にごりえ」よりも、「十三夜」が好きだなあ。しかし、今、彼女の小説の世界の東京に出逢うには、ものすごい想像力が必要だ。悲しい。 なんとも心落ち着く通りの風景だ。 本郷と言えば、やっぱりこちらの大学。写真の赤門は、加賀藩前田家の門だったもの。赤門は、将軍家から嫁をもらう際に迎えるために作られる門。被災したら再建しないものらしく現存するのはこれだけとのこと。 ちなみに東大の正門は、ここじゃないよ。 東大近くのお寺。赤いポストが素敵。でも、投函口がガムテープでふさがれていた。 学生時代、第二外国語は、ドイツ語を選択していたので、こちらの書籍や辞書にはお世話になったなあ。 東大の近所にある素晴らしい佇まいの旅館、鳳明館の森川別館。今も現役で宿泊できる。いつか泊まってみたいなあ。 本郷館は、木造三階建ての下宿。1905年の建築だからもう100年は経っている。奇跡的に戦災も免れた。いつまでここに残っていることができるだろうか。こういう建物が無くなっていくごとに東京は、つまらん街になっていくのになあ。 |
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2007 05,08 23:45 |
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受験の頃にたたき込んだ古典文法、意外と忘れていないものだ。古文の調べは、なんとも言えぬ旋律を醸しだし、脳味噌に心地良い。それでも注を参照しながらだったので、読み終えるのに随分時間がかかった。 190歳の世継と180歳の繁樹の両翁が、雲林院の菩提講で久しぶりに出会い藤原氏栄華の昔話を始める。それを通りがかりの若侍が聴きながら時に彼も話しをする。それを作者である人物がそでで聞いているという設定だ。 紀伝体で書かれたこの書物は、初めに天皇の帝紀で登場する全ての帝を紹介する。その後に藤原氏の大臣列伝となるのだが、紀伝体なので同じ人物がいろんなところで登場して絡み合い面白い。 1000年以上も前の物語だが、そこに描かれる人間は、己の自我のために人を騙し、策略を練り、妬み、そして悲しむ。時に優しく可笑しく楽しいエピソードを絡めながら、天皇家に嫁を送り込み、我が世の春を謳歌する道長へと続いていく。 大鏡の登場人物への視点は、一方で厳しく冷たく見つめながら、一方で温かく人間的な面も見せる。人間を多面的にとらえ、有名なエピソードも様々な視点から描いている。 藤 原氏ならいいかといえば、さにあらず、同じ藤原氏でも、天皇家に娘を送り込まないと政権の中枢を握ることはできない。一条天皇の皇太子を退け自分の孫を天 皇にしてしまう道長、その退けた皇太子も自分の兄の孫、おまけに退けた皇太子に自分の第二婦人の娘を捧げる道長、なかなかすごい人物である。天皇家に生ま れても、有力な藤原氏の後ろ盾がない者は、早々に臣籍である源に下ったり、出家してしまう。 複雑にからむ人間関係、平安時代の貴族の生活、政権獲得のための策略などなど、人間は何千年と変わらぬ営みを続けているのだ。 読み応えあったなあ。 |
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