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2007 05,20 13:32 |
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2007 05,20 12:38 |
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伏見へ来たのは、ここを訪れるためだった。ここは、伊藤若冲が草庵を結んでいたお寺だ。伏見稲荷大社から歩いてすぐのところにある。 幅は狭いけど長い階段が空へと続くアプローチが素敵。 どこか中国風情の赤い門を抜けると小さな本堂がある。 小さいながらも花が咲き乱れ、とても素敵な境内だ。 伊藤若冲の墓。 彼の墓は、相国寺にもある。 石峰寺の裏手の竹林の丘には、若冲が下絵を描いた五百羅漢の像がある。その丘への階段。またあの赤い門がある。緑の中の赤い門。別世界への入り口だ。 風にそよぐ竹林、揺らぐ陽の光、鶯の声が飛び、鳥が木をつつき虫の居場所を確かめている。そんな森の中のあちらこちらに筍が生えているいかのように、にょきにょきと若冲の描いた羅漢たちが佇んでいる。 見ているのは僕なのに、僕が見られているような錯覚。 羅漢像は、だいぶ風化が進んではいるが、そのさまざまな表情はみてとれる。なんとも優しい眼差しだ。 誰もいない竹林の中、どれほどここにいただろうか。訪れる人も少なく、羅漢と僕だけの時間が流れていた。何百年と居座っている石たちは、無言だけど雄弁だ。語りかけられているようで、とても不思議な時間だった。 自分のいる世界とは違う所にいたような気がした。 |
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2007 05,20 11:46 |
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2007 05,20 10:48 |
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翌日、京都に戻り伏見へ。伏見稲荷大社をお参り。ここは、全国約4万のお稲荷さんの総本宮だ。 赤と緑と青。なんとも目に鮮やかな組み合わせだ。 本殿裏手にある千本鳥居。 吸い込まれていく感じ。赤い迷宮のはじまりはじまり。 吸い込まれるようにどんどんどんどん奥へ奥へ・・・。 途中からほとんど登山のようになり、傾斜が急になる。ところどころに風情ある茶店が。きつねうどんが食べられる。 四つ辻と言われるとても見晴らしのよい場所。ここからさらに稲荷山の頂上を目指す。ここからがさらにきつい登り道。調子にのった元山男は、頂上を目指す。 まあしかし、途中の山道にも鳥居がびっしり。ただ登るのでさえ結構大変なのに、こんな大きな鳥居を持って登ってくるのがすごいねえ。 頂上の一ノ峰(上之社神蹟)、標高233メートル。でも、急な階段道は、もっともっと高い所まで登ってきたような疲労感だ。 途中、いろんな狐の像があった。 |
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2007 05,19 23:57 |
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戎橋のあたり、橋の修復中で写真がうまく撮れなかった。 僕は、やっぱり大阪といえば、このあたりが好きだなあ。梅田は、駅ビルと地下街ばかりで街並みを散策する楽しみがないよなあ。梅田は、再開発ビルばかりでつまらんエリアだ。 東京の繁華街にはないアーケード。雨の日は便利だと思う。 松竹座。こちらも大正12(1923)年の建築となかなか僕好み。ここで歌舞伎を観てみたいなあ。しのたかさん曰く、館内はリニューアルされて味気ないそうだが・・・。 ネオンの洪水。東京とはまた違う、不思議な感じ。昭和の香りがする。 お馴染みの・・・。 法善寺横丁は、石畳のちょっと裏通りな素敵なところ。火事があったせいのか、小綺麗な店が多く、それほど昔の香りはしなかった。 それでもなんかとてもいい風情。 ここが法善寺。 東京でいうと新橋の烏森神社あたりの感じかなあ? ホテルの部屋から。梅田方面。 |
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2007 05,19 22:15 |
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2007 05,19 15:16 |
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京都のホテルが予約できず大阪に来た。また翌日京都へ行くのだけどしょうがないか。 大阪の街を探検。僕好みのビルがたくさんあるなあ。 生駒ビルヂング。昭和5(1930)年の建築。時計のデザインが洒落ている。 コニシ(旧小西儀助商店)。な、なんとこちらは、明治36(1903)年の建築だとか。大阪のど真ん中にまだまだ健在。ちなみに隣にあった三越大阪店は、更地になっていた。高層マンションになるらしい。低層階には、阪急百貨店が入るそうな。 三井住友銀行・大阪中央支店。こちらは、昭和11(1936)年の建築。昭和初期の銀行建築らしいギリシア神殿風の建物。東京にもこういうのたくさんあったのになあ。 高麗橋野村ビルディング。こちらは、昭和2(1927)年の建築。素晴らしい。まだまだ現役だよ。 大阪市中央公会堂。こちらは中之島にある超有名建築だ。大正7(1918)年の建築。煉瓦フェチにはたまらない建造物。赤い煉瓦は、青空に映えるなあ。 日本銀行大阪支店。明治36(1903)年の建築。中央のドーム状の意匠が面白い。 幼稚園の正面。 芝川ビルディング(旧芝蘭社学園)、昭和2(1927)年の建築。いやはや大阪はレトロ建築の宝庫だなあ。もっともっとあるんだろうなあ。また、ゆっくり散策してみたい。 |
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2007 05,19 14:42 |
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この間、「大鏡」を読み返したばかり。なんとタイムリーな企画展が開催中だった。迷わず入館。 初 めて見るものばかりで素晴らしい展示だった。最大の成果は、「御堂関白日記」の実物が観られたこと。これには、正直、興奮した。平安時代は、日記の時代 で、多くの人が日記を残している。今に伝わるのは、そのほとんどが写本だ。しかし、この、「御堂関白日記」は、藤原道長の直筆のもの。1000年前の出来 事が記されている。男なので漢文で書いているが、返ってくずされてなくしっかりとした漢字で読みやすい。文字には、時空を越えた繋がりを感じる。日記を書 く道長の表情が浮かぶようだ。展示されていたのは、長女彰子の誕生の記述。兄の死、彰子の中宮入り、兄の息子の左遷、兄の孫の皇太子を出家させ、平安時代 最大の道長栄華を迎えていく。 そんな道長も老いには勝てず、死を意識しはじめ行った浄土のための金峯山への参詣。当時の貴族の旅としては とてもすごいこと。そこに埋めた経を納めた経筒も展示されていた。出土されたのは、江戸時代。平安時代のタイムカプセルだ。その参詣の道程の出来事も道長 の日記に記録されている。 他にも「石山寺縁起」の絵巻、圧倒的迫力の不動明王坐像などなど、感動を越える素晴らしい展示だった。 常設展示も観た。ゆっくりみるとこれまた大変なので、かなりターゲットを絞って観た。 今回は、絵巻物に圧倒された。 鶴の恩返しの元ネタの「鶴草紙」、わざわいという名の動物を連れて来いという話が面白い。 白と黒の水墨画で描かれた「平家物語絵巻」もすごかったが、何と言っても圧倒されたのが「日高川草紙 」。 ある日、僧が一夜の契りを交わした女。僧は、修行に専念するため結婚を求める娘の胸を刺す。数年後、偶然であった女の胸に刺した傷。宿命と思える因縁を断 ち切るため逃げる僧と追う女。舟に乗り、女を川で溺死させるが、女は大蛇のような龍なようなもののけとなって執拗に僧を追う。そして、最後は、鐘の下に隠 れた僧を尻尾で巻き取り湖に沈みともに死んでいくという、すごい話。男を追う女の表情がすごいのなんの。ぶったまげた絵巻だった。 ここに来る度、メロメロになってしまう、この煉瓦・・・。 |
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2007 05,19 13:45 |
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2007 05,19 12:17 |
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