2008 07,12 16:25 |
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2008 07,12 15:29 |
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昼は、学士会館へ。ここの寄席は、結構混むので事前に電話予約した。学士会の電話対応の方、とても丁寧で親切。丁寧な電話の応対は、気持ちがいい。落語協会の電話番とは大違いだ。落語協会の電話番は、最低。二度と電話したくなくなる。
藤兵衛 「饅頭怖い」 「まずは軽めのネタでお客様のご機嫌伺い・・・」ということで「饅頭怖い」に。されど、夢の中で女の自殺に遭遇しその幽霊に付きまとわれるエピソードと狐に化かされ馬のケツの穴を覗くという大きなエピソードが挿入されておりなかなかの大作(?)になっていた。 藤兵衛師匠は、表情豊かで面白い。 小里ん 「試し酒」 太くすごみのある声なのに、なんとも可愛らしい笑顔で観客を魅了。そのギャップが楽しい。完成された芸だなあ。 藤兵衛 「井戸の茶碗」 まくらから噺に入ったとたんに、大きな雷鳴。観客席がどよめく。こういう予期せぬトラブルは、演者も動揺しやすい。 それでも噺が進むにつれ、のめりこむ。屑屋、浪人、侍、キーキャラクターそれぞれが魅力的であった。 |
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2008 07,09 22:31 |
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三之助さんの独演会へ。日暮里に会場が移ってから、初めて遅刻せずに間に合った。「卒業」は、これで卒業だ。
三之助 「金明竹」 まくらで札幌の会に東京から来た人の話をしていた。なんか気恥ずかしい。 三之助さんの「金明竹」は、何度も観ているが、相変わらず松っちゃんが可愛いく、小憎らしい。どの登場人物も生き生きしていて楽しく、惹きこまれる。 三之助 「長短」 この噺は、分かりやすく単純だけど、それだけに難しく深い。年季の入った落ち着いた渋みを出す年配の噺家さんがやるのがまあ可笑しいが、それでも三之助は、果敢に挑戦していた。どちらも愛すべきキャラクターになっていたし、この噺は、これからきっともっと良くなるね。まあ、彼は才能があるので、今後、この噺に会うのが楽しみだ。 三之助 「青菜」 まくらでも落語には、季節感があると言っていたが、それが毎年同じ噺で客を惹きつける一つの魅力だろう。夏になると西瓜が食べたくなるように、「青菜」が聴きたくなるものだ。 今回、でもちょっとテンポが崩れていたなあ。前半の「静」の部分がもう少し爽やかで落ち着いた風情が出てくるとよかったなあ。後半、暑苦しい「動」の部分では、一転パワー全快でおおいに楽しめた。 |
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2008 07,08 22:32 |
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場内が暗くなり、何も映し出されないスクリーンにクラシック音楽。何が始まるか分かっているのに、もうワクワク。MGMのロゴが出ただけで、ゾクゾク。そして「ツァラトゥストゥラはかく語りき」の音楽と共にタイトルロゴと惑星群。もうオープニングから鳥肌もの・・・。 猿が人間へと歩み始める太古の世界から、一気に未来の宇宙へ。フィルムの色が多少褪せてしまっているのと、70mmを35mmにしているのでスクリーン両脇の黒がちょっと気になったが、それでももう夢中だ。 これぞ、映画でしか表現できない映画の中の映画。映画ならではの表現にあふれた素晴らしい作品だ。これほどまでに映像と音楽が完全なるハーモニーをなし、凡人の常識を遥かに超えるイマジネーションの洪水に酔いしれっぱなしだ。 コンピューターが人間に牙をむくシーンは、今も体に戦慄が走る。 モノリスとは神の概念なのか・・・。この映画は、観客それぞれの想像力を掻き立てる。 完全なる映画、完全なる映像表現、完全なる選曲、投げかける解けぬ問。だからこそ、いつまでもこの作品は魅力的で、僕にとりついている。 極力説明を排したこの映画は、いろんな意見や感想があると思う。謎めいているからこそ、いつまでも人を惹きつけている。はて難解かというと決してそうではない。映画として、観ていて面白いのだ。 栗5つ。映画の可能性と一つの到達点。キューブリックに感謝! 東劇にて。
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2008 07,07 22:36 |
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2008 07,06 22:38 |
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現代美術は、ちょっと距離を置いて見ているのだけど、テート・ブリテンの活動だけは、一目おいている。特にこのターナー賞は、毎度さまざまな物議を醸しているが、それも納得だ。
今回は、ターナー賞の歴代受賞者の作品が一同に展示されるという史上初の試みらしい。音声ガイドが無料で借りられるので、ぜひ。その作品の背景を知ると、より楽しめる。 初 の黒人受賞者となったクリス・オフィリの作品は、絵画が二つ展示されているが、その絵は、両方とも象の糞の上に乗っている。殺された黒人少年を思って泣く 女性を描いた「ノー・ウーマン、ノー・クライ」は、よく見るとその女性の目から落ちる涙の雫の中に殺された少年の写真が埋め込まれている。もう一つの作品 も黒人差別の問題を強烈に表したインパクトある作品だった。 本物の牛の親子を真っ二つに切断し、ホルマリン漬けして展示したデミアン・ハーストの「母と子、分断されて」は、残酷だと非難もされたが、今や現代イギリス美術の第一人者でもある。彼の色の斑点を規則的に配する"スポット・ペインティング"も1点、展示されていた。 グレイソン・ペリーの作品も強烈だった。一見すると普通の壺。でもよく見るとそこに描かれているのは、社会の影と闇。児童虐待で死んだ子供を埋めに行く親や青少年犯罪の姿が、煌びやかな金を使って描かれている。 レ イチェル・ホワイトリードの野外作品(現存しないので、写真だけ)は、今や見る影もないのに人々の記憶に残っているという不思議なもの。古き良き時代の建 築の家屋を内側からコンクリートを吹きつけ、外側を壊して、コンクリートの家が剥きだしになったというもの。コンクリートに写し取られた壁や床、天井の傷 など、それこそがそこに住んだ家族の記憶。しかし、一般の人から見ると無機質で目障りな残骸。落書きの対象となり、近隣住人からは、取り壊しの要求 が・・・。それでもなくなってしまった今、人々の記憶の中に残っている。 単なる芸術の追求でなく、社会に対する強烈なメッセージをこめた作品群には、少なからず圧倒される。 一方で、説明を聞かないと何だか分からない作品も・・・。まあ、だから面白いんだけどね。 |
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2008 07,06 21:39 |
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難攻不落のシロアリの要塞(蟻塚)に迫る危機また危機。蟻どうしだけど、種族の違いで起こる壮絶なバトル・・・。なんか蟻版「ロード・オブ・ザ・リング」だねえ。これドキュメンタリーなんだろうか?出来すぎ。ちゃんとストーリーがある。それも起承転結が・・・。
で も、なかなか興味深い。同じ蟻、同じ女王蟻から生まれるのに、兵隊蟻、働き蟻、女王蟻候補、王様蟻候補と形や大きさが全く違う。驚いたのは、女王蟻。他の 蟻と比べるとものすごく巨大。映画「エイリアン」のマザー・エイリアンのモデルはこれじゃないかと思うくらい、蟻とは思えぬ薄紫色に蠢く卵巣には驚いた。 大自然のバトルは、CGより迫力あるね。 栗3つ。 TOHOシネマズ六本木ヒルズ スクリーン3にて。 |
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2008 07,05 22:40 |
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アクションというよりは、ドタバタ喜劇。日本人っぽい俳優と本当の日本人俳優が浮いている。 映像は、万華鏡ように煌びやかだけど美しくはない。ディズニーランドのアトラクションのよう。レース・シーンは、しょせんCG、「ボーン・アイデンティー」シリーズの度肝抜くカーチェイス・シーンと比べると迫力のかけらもない。 アニメを実写化したはずなのに、結局アニメじゃん。CGの中に人間の顔だけ埋まっている感じ。 弟とチンパンジーは、いい味。 最も後悔しているのは、出演してしまったスーザン・サランドンでは・・・。 子供の頃テレビで「マッハGoGoGo」を見ていたので、テーマ曲はすごく懐かしかった。 CGレースだから実際に何も見ていないのに、レース観戦で熱狂している俳優陣のことを思うと、とても興醒め。 栗2つ。 ユナイテッドシネマ豊洲スクリーン3にて。 |
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2008 07,04 22:41 |
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今夜は、ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団。昨日もコンサートがあったのだけど、今週の月曜日に行ったばかりのルツェルン交響楽団とほとんど同じプログラムだったので、今日にした。 ウェーバー :オペラ『オべロン』序曲 ベートーヴェン :ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 op.73 「皇帝」 :交響曲第7番 イ長調 op.92 ピアノ協奏曲第5番では、中村紘子が登場。久しぶりに拝見したよ。金魚のでめきんみたいなヒレの付いた衣装だった。中村紘子を初めて見たのは、小学生の頃 だった。今は、大分、体がふくらんじゃったなあ。僕が大学生の頃は、彼女三田に住んでいたので、大学の講堂でも演奏してくれたことがあったな。旦那の庄司 薫は、今なにをしているのだろう? 今日の目当ては、ベートーヴェンの交響曲第7番。これ、大好き。ベートーヴェンの交響曲では、なんと言ってもこれだ。特に第二楽章は、なんか哲学すら感じるなあ。 やっぱり生演奏は、しみる。サントリーホール大好き! アンコールは、 ブラームス:ハンガリー舞曲第5番 ヒメネス:『ルイス・アロンソの結婚式』から間奏曲 だった。 |
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2008 07,03 22:45 |
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昨夜は、自分の担当する重要なイベントが終わり、この間の京都プロジェクトとあわせて、今年前半の大仕事が終わったあと喜んでいたのだが、いつの間にか世の中は年の後半になっていた。また次なる波が待っているのか・・・。
とりあえず自分の中では、仕事の一区切りが付いたので、今日は落語へ。愛しの談幸師匠がトリということで日暮里の立川流の寄席へ。それにしても日暮里サニーホール コンサートサロンは、年間で最も通ったホールの筆頭になるのではと思うほどの勢いだ。最近、ここに来ることが多いよなあ。 会社を定時ちょっと過ぎに出たのだけど、18時15分の開演には間に合わず。うーん、この開演時間だけは、なんとかしてほしいものだなあ。これは、落語界全体に言えることなのだけど。前座さんと吉幸さんに間に合わず、志遊さんの途中から・・・。 志遊 「ちりとてちん」 途中から。ちりとてちんを食べるところ、すごい形相だった。 左談次 「饅頭怖い」 ぎっくり腰だそうで、ちょっと大人し目だった。もっと弾ける左談次師匠が見たかったなあ。 まあ、それでもこのフワフワ感は、たまらないっす。 里う馬 「試し酒」 立川流の寄席に行くと亭号が立川ばかり出てくるので、この師匠にはもっとプレゼンスをあげていただきたいなあ。弟子はとらないのかなあ。土橋亭、もっと増えないかなあ。 酒を飲むときの音が不思議な音だった。 志の吉 「初音の鼓」 ひょうひょうとした風貌とキャラがこの噺にぴったり。 ぜん馬 「出来心」 「下駄を忘れて来た」のサゲまで。 談幸 「樟脳玉」 談志師匠と二人きりの時、談志師匠が苦しみだすまくら、以前も聞いたことあるけど、何度聞いても可笑しい。談幸師匠の本もそうだったけど、談志師匠とのエピソードはブラックだけど微笑ましい。 夏らしいネタで「樟脳玉」。この噺、以前も談幸師匠で聴いたことあるけど、他の噺家さんがかけるのには遭遇しないなあ。 さしたるクライマックスもなく淡々としているのだが、談幸師匠にかかるとなんとも可笑しい。死んだ女房を思うねじべえから金と着物を巻き上げようとする二人の最初の家での会話は、大笑い。窓を閉めろ、猫を追い出せ、それだけなのに、何でこんなに笑っちゃうのだろう。 設定は、なんとも馬鹿らしいが、サゲの「魂の匂いがする」というのは、なんとも味があり、余韻が残るなあ。樟脳とは、なんぞやをまくらで言わなきゃいけない時代だけれど、あの匂いがどんなものか知っていると、この噺は生き生きとしてくる。後半は、あまり説明的にならず、火の玉が顔にぶつかり、そしてあのサゲの一言。うーん、落語って染みるよ。馬鹿馬鹿しいのに、ねじべいさんに感情移入し、ちょっぴり切なく、ほろっときちゃうなあ。 落語って、笑うだけじゃないのよねえ。心地よい余韻に浸りながらの帰り道、仕事の疲れも吹き飛ぶよ。 |
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