栗ッピング
毬栗日記、棘あります


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2013
09,18
15:19
カルタゴ
CATEGORY[草枕]

古代の歴史好き、遺跡好きの僕にとって、カルタゴはずっと憧憬の場所だった。その場所に来たというのは、やはり感慨も一入である。世界史の教科書でもおなじみ、ポエニ戦争でローマ帝国と戦ったカルタゴは、完全に破壊されてしまう。ここは、かつてカルタゴの軍港があった入り江。建物は残っていないが、丸く整地された港の形跡だけが往時を忍んでいる。
カルタゴは、地中海貿易を牛耳ったフェニキア人の植民都市。フェニキア本土のティルスが衰退しても暫く栄華を謳歌していた。第二次ポエニ戦争で、アフリカ象を引き連れ、アルプスを越えローマに侵攻したハンニバルは、あまりにも有名だ。彼は、チュニジアの紙幣にも描かれている。


軍港跡の向こうに広がるのは、ピュルサの丘。かつてここからあの丘の上に向かってカルタゴの街が広がっていた。

丸い部分が軍港。Google Earthで見るとその形は、今も古代そのままに残っている。

軍港の左側にあるのが商業港跡だ。


こちらが商業港の跡。2300年も前、ここが商船で賑やかだったと思うと感慨深いな。

ポンペイ同様、カルタゴも1つの大きな街だったので遺跡は点在している。ただ、古代ローマ人に徹底的に破壊されてしまったためほとんど何も残っていない。フェニキア人は、何十万人と惨殺され、街は破壊され、雑草すら生えてこないよう塩がまかれたと伝えられている。これは、ある意味、カルタゴがよほどローマから恐れられていたことの証だろう。


港跡には、現在水族館があった。こちらは、水族館近くにあったチュニジア風な建物。


カルタゴの水道橋。ただしローマ時代のもの。この橋のすぐ近くのレストランでクスクスを食べた。


トペテ。フェニキア人は、子供を生け贄にしていたという記録が残っている。ここは、幼児の墓場の跡。現存する数少ないカルタゴ時代の遺跡だ。ここからは、2万個の幼児の骨壺が見つかっている。


入場料がかかる遺跡では、博物館同様、写真撮影には別途料金が必要。



ガイドブックでカルタゴの遺跡として紹介される代表が、ここアントニヌスの共同浴場だ。古代ローマによって完全に破壊されたカルタゴなので、この遺跡はその後古代ローマ人が建設した浴場の跡だ。とは言え、ローマのカラカラ浴場などと比べると、あまり原型をとどめてないねえ。チュニジアは、内陸部にあるドゥガの遺跡の方が保存状態が良いのだ。


これが復元想像モデル。無理、こんなの想像できない。(笑)



今回は、曇りがちだったけど、青空だったら遺跡越しの海と空の光景は、古に想いを馳せる美しい印象を持てただろうな。

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http://kuribo.blog.shinobi.jp/Entry/2762/カルタゴ
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