2007 03,21 18:28 |
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先月に引き続き、今月も歌舞伎座の通し狂言へ。今月は、「義経千本桜」だ。僕は、「忠臣蔵」よりこっちの方が遙かに好きだなあ。もともとは人形浄瑠璃の三 大名作の一つだが、「菅原伝授手習鏡」を含め、三つとも作者が同じ。竹田出雲、三好松洛、並木千柳の合作だ。どれも史実をベースにものすごい想像力の虚構 を交え、壮大な物語になっている。
「義経千本桜」、日本人の大好きなヒーロー義経の名が冠されているが中心となるのはその周辺の人々で、 とりわけ史実では死んでいたはずの平家の落人が実は生きていたとしたら・・・の後日談が描かれている。結局その生きていた人たちはこの舞台で非業の死を遂 げ再び死んでしまうのだが、平家、義経、桜と滅びの美学を頂点まで高めたこの作品は、究極の傑作と言えよう。 序幕 鳥居前 義経と静御前の別れを描く、いきなりクライマックスかのようなシーンだ。形見として静御前に渡される「初音の鼓」は、落語でもお馴染み。どうして狐なのか、この舞台を見ると分かるのね。弁慶がいかにも歌舞伎風だ。(笑) 左団次は、風貌も声も弁慶のイメージ通りだなあ。 今日は、1階の最前列だったので、役者の表情が良く見えた。菊五郎の狐の忠信もいいし、梅玉の義経もはまってた。 二幕 渡海屋 / 大物浦 魚をたくさんあしらった台詞が楽しい船宿の「渡海屋」から、前半最大の見せ場「大物浦」は、ものすごい緊張感だ。特に典侍の局役の藤十郎が素晴らしい。役者が役になりきるとは、こういうことなのだろう。すげえ。 史 実では死んでいるはずの平知盛が実は生きていて、義経に仇討ちを試みる。船宿の主人に名前を変えて待ちかまえていた知盛は、最初義経を擁護しているような 町人を演じ、実は義経暗殺をたくらんでいるのだが、それは既に義経側に知られていて非業の死を遂げるクライマックスに突き進む。 なんというたくみな物語構成なんだろう。江戸時代の作家の比類無き想像力に圧倒された。 三幕 道行初音の旅 悲劇から一転、桜満開の吉野山が舞台の舞は、これぞ歌舞伎という型と様式美に溢れる。悲劇の後の明るい華やかさは、観客をうっとりした気持ちで帰すのと、続く悲劇への嵐の前の一時の幸福感を与えてくれる。 滅び行くものに美を見いだす日本の真骨頂、続きが楽しみだ。続きは、25日の夜。 義太夫の調べに心打たれている今日この頃、年を取ったのか、潜在的日本人の心に目覚めたのか・・・? |
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