|
2006 11,30 21:12 |
|||
|
ささいな偶然がとんでもない事件となり想像を絶する結末へと向かっていく。身勝手な人間の中で、誰かのために生きようとする悲劇は、切ないまでに壮絶で悲惨だが、一方で狂おしいほどに美しい。 世間体や家柄ばかりを気にする卑しい人間と純粋な愛を追い求める二人、それ故に逃走する二人に迫る追っ手、映画はぐいぐいと観客を引きこんでゆく。 残酷で過酷な運命の終焉に至上の微笑みで死を持って愛を成就するものすごい物語だ。原作は近松門左衛門の「大経師昔暦」で、実際にあった姦通事件の劇化。近松の人間を見つめる鋭い視線に背筋がぞっとする。そこに映っているのが人間そのものすぎて・・・。 死の決意から生の決意へ変わる湖上の小舟の情景は、映画史に残る名シーンだ。 栗5つ。 近代フィルムセンターにて。
|
|||
|
2006 11,19 22:22 |
|
|
2006 11,19 22:21 |
|
|
2006 11,18 22:24 |
|
|
極力カットの無いシーン、それだけ台詞の応酬の緊迫感がひしひしと伝わってくる。 かつて夫婦だった男女、今も家族である男女。ここには、愛もあれば憎しみもある。 かって夫婦だった男女の愛を超越した繋がり、永遠に親子である父と子の憎悪、永遠に親子である父と娘の愛の表現は、目に、そして顔の皺の一つ一つの動きにまで刻まれているようだった。 まるで本当の親子が会話しているような愛と憎しのぶつかりあいに、ぐいぐいとひきこまれる。 静かで美しい環境の中で、しみじみと綴られる人間の営みに、生きることと死ぬことの意味を考える。 正直、あそこまで娘を溺愛してしまう父親が理解できないのと映像がフィルムでなかった点がちょっと残念だった。 愛と憎悪は、裏腹。生きるとは、それ自体が愛と憎悪の葛藤なんだなあ。 渋谷ユーロスペースにて。 栗4つ。 ユーロスペース、移転してから初めて行った。観やすくなって良かった。 |
|
|
2006 11,18 15:26 |
|
|
2006 11,12 22:59 |
|||
|
こ の映画をミュージカルとするかどうかは難しいところだが、オープニングの「オン・ブロードウェイ」にのって始まるオーディション・シーンやフォッシーの愛 弟子かつ愛人だったアン・ラインキングのダンスシーンには、釘付けになる。特に、アン・ラインキングのフォシー・ダンスは、ダンスの神様が降臨しているか のようで、信じられないくらいの美しいステップとフォルム、まるで床から浮いて、上から吊り上げられているかのような華麗で流れるよう。アン・ラインキン グ、ダンサーとしての絶頂期のダンスがこの映画で観られる。 この映画は、単なるミュージカル映画では無い。フォッシーの半自伝であるドラ マと主人公が演出するミュージカル、同じく主人公が演出する映画、現実の世界と死後の世界、4つの世界が交差しながら進む。綱渡りのシーン、コンサートの シーンなど、人生をショービジネスに例え、美しいダンスシーンと共に展開される。 途中、ミュージカル「シカゴ」を思わせるダンスのリハーサルは、フォッシーのダンスの真骨頂、ラストの「バイバイ・ラブ」も圧巻。人生最後のステージには、主人公の人生に関わった人々が観客として登場する。 印象的なちょっと哲学的なシーンと魅惑的なダンス・シーンが交差する。ボブ・フォッシーの映画としての集大成だろう。 ボブを演ずるロイ・シャイダーも素晴らしいが、それまで「キング・コングに出た女優」というレッテルだけが貼られていたジェシカ・ラングがこの映画で一挙にスターダムに登りつめた。 しかし、しかし、何と行っても愛弟子でもあり愛人でもあったアン・ラインキングのダンスが堪能できるのが何とも至福の喜びだ。あの手首の動き、腰の動き、足の動き、体の流れ、これこそがフォッシーのダンス。 人生とは、ショー。死ぬ間際、思い出す映画があるとしたら、この映画かもしれない。 栗5つ。 早稲田松竹にて。
|
|||
|
2006 11,12 22:28 |
|||
|
このドキュメンタリーで見えてくるのは、メリーさんに関わった人を通して現れてくる横浜の過去と日本の戦後、そしてそこで人々が生きた証だ。 タイトルは、「ヨコハマメリー」だが、これはシャンソン歌手永登元次郎はじめ横浜の市井の人々の心温まる記憶の記録だ。 切なくて、胸が痛くなるけど、この映画はとことん温かい。 人間とは、いつか死ぬ生き物。そんなあたり前のことをしみじみと感じる。見終わった後、誰かに優しくしたくなる、そんな映画だ。 栗5つ。 飯田橋ギンレイホールにて。 ギンレイホールは、大混雑だった。同時上映は、「嫌われ松子の一生」だったけど、観ないで出てきちゃった。観なくて良かったよねえ?
|
|||
|
2006 11,11 23:02 |
|||
|
この映画は、何度か銀座の並木座で観ている。初めて観た時ほどの衝撃はもう無いが、何度観ても酔いしれてしまう。
日 本的な美しさの一つの頂点を見せてくれる傑作であることは間違いない。田中、森、京のキャスティングは最高で、特に京マチ子の存在感は圧倒的。「帰しませ ぬ」の台詞を吐く、あのシーンは何度観ても鳥肌もの。京マチ子の視線は、観客までも惑わし、幽玄と幻想の世界に引き込む。主人公が帰郷してからの夜のシー ンも最高。 タルコフスキーが「サクリフィス」で見せたこの映画へのオマージュでも有名な湖畔のシーン、霧の湖を行く舟のシーンなど美しい映像が満載。 悲しい話ではあるが、救いのあるラストで後味は悪くない。 栗5つ。 国立近代美術館フィルムセンターにて。
|
|||
|
2006 11,11 23:00 |
|||
|
日本人なら誰もが知っていた安寿と厨子王の物語。最近の子供たちも知っているのかなあ? 僕の子供の頃は、頻繁にテレビでも放映されていたし、本も学校の課題図書なんかになっていた。
この話は、古くから伝承されてきたものを森鴎外が小説にした「山椒太夫」が有名だ。森鴎外、僕は、夏目漱石より好き。 映画は、「雨月物語」と双璧をなす美しさだ。ススキの原を家族が行くシーンは、溜息。安寿が入水する湖、溝口らしい舟の別れのシーン、母が逃げ、そして眺める佐渡の丘と浜、胸ぐらがえぐられるほど切なく美しい風景は、これぞ日本的美の恍惚だ。 田中絹代のラストの演技は、鳥肌もの。本当にこの人、すごすぎる。 人間の残虐性とそれに抗する正義を描くが、それを勝ち取るために主人公家族が辿る人生は、過酷というか地獄。若い人の目には、どう映るのだろうか。 栗5つ。 国立近代美術館フィルムセンターにて。
|
|||
|
2006 10,29 19:05 |
|
|
映 画は、硫黄島での戦争より、すり鉢山で撮られた有名な写真に関わった人間のドラマに焦点があたっている。軍に利用され、英雄にまつりあげられ、戦後は忘れ 去れたように悲しい運命が待っている。戦地でのむごさより、政府やマスコミそして大衆のいい加減な思いに矛先を向ける。 むごい戦闘シーンは、悲惨だが、栗林の手記などを読む限りでは、実際は、もっともっと悲惨でひどいものだったのだろうと想像される。 役者の演技と演出が普通なので、写真に映っていたはずの死にゆく兵士への感情移入がそれほどできず、あまり映画に引きこまれないのが残念だ。 映画としては普通の出来だが、この映画は、観なければいけないと思う。硫黄島で何があったのか。そこで起こったことがどう利用されたのか。今を生きる人間に知ってほしいと思う。 丸ノ内ピカデリー1にて。 |
|
![近松物語 [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/21suAbiGwVL._SL160_.jpg)

![オール・ザット・ジャズ [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51Y13SRGEIL._SL160_.jpg)
![ヨコハマメリー [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51pypt5XbZL._SL160_.jpg)
![雨月物語 [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51V-Qffk8wL._SL160_.jpg)
![山椒大夫 [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51h%2BrSnLyoL._SL160_.jpg)

